2012年03月05日

携帯電話・その2

携帯電話・その2――「見えない」ということ 31

いつから現在の携帯を使っているのか、最後にキシュヘンを
したのがいつだったのか、例によって僕の記憶は定かでない。
ただそのころ、少なくともドコモは音声で操作をサポートして
くれる機種を出していたし、もしかしたら僕が使い続けている
ソフトバンクだって、出していたのかもしれない。

でも、そのときの僕は、なにがしかの金を払ってそうした機能を
手にいれようとは考えなかった。というより、そもそも
キシュヘンのためにかねを使おうという気になれなかった。

もちろんそれは、僕の慢性的な貧乏のせいでもあるし、メールを
親指だけで入力するなんて、まどろっこしくてやってられるかと
いう思いとともに、さしあたりあまり不便を感じていなかった
こともある。しかしそれより、キシュヘンを余儀なくされるに
いたった事情に、大きな原因があったような気がする。

僕が最初に買った携帯は、すでにそんな名前は忘れ去られたかも
しれないJ-Phoneのものだった。当時ライターとして、
これまた忘れ去られたかもしれない日本テレコムという会社の
仕事をさせていただいていたので、うちの通信関係は固定電話も
ネットもすべて、同社の系列で固めていたのだ。この初代の
携帯はかなり長生きで、トイレに水没させて買い換えることに
なったときには、社名が、ひょっとしたらこれはまだ覚えて
いるかもしれないボーダフォンを飛び越え、これはおなじみ
ソフトバンクに変わっていた。

この最初のキシュヘンに際しては、しゃべる携帯について、
検討すらしなかったように記憶する。自分の障害に関する
情報収集において呆れるほどものぐさな僕だから、そんなものが
あるとはまるで知らなかったフシもある。そして、写メは
いらない、メールもネットもできなくていいとは主張したけれど、
そんな機種はないと申し訳なさそうに言われただけだった
ところをみると、たぶんこの時点で、ソフトバンクにしゃべる
機種は用意されていなかったのだろう。

さて、この2台めを、僕の感覚では買った翌日くらいに悲劇が
襲う。事実は買った翌年のことだったのだが、通話料に上乗せ
される分割代金の支払いもまだ終わっていないうちだった。

最近でこそ、携帯電話が働かない日はまずなくなったけれど、
当時は1本もかけない、かからないという日も珍しくなく、
外出しなければその存在すら気にとめなかった。そのときも
まさにそんな1日があって、さて翌日、出かけようとしたときに
異変に気づいたのだった。(続く)

posted by しんどう at 10:01| Comment(1) | TrackBack(0) | 「見えない」ということ

2012年03月01日

携帯電話その1

携帯電話・その1――「見えない」ということ 30

2011年12月31日、除夜の鐘が響き始めた真夜中近くに
アップした昨年最後のブログで、僕は年明けからマメにブログを
更新することを宣言した。
2012年1月1日、まだ除夜の鐘が鳴り続ける中、ライブ案内を
載せた今年最初のブログをはやばやとアップし、宣言は見事に
実行されるかと思われた。
しかし、すでにこの時点で、その後の僕のあまりにも早い挫折は、
相当程度予見されていたのだった。

というのも、その日すなわち元日の朝すなわち元旦の太陽
すなわち初日(はつひ)が昇ったら、僕は届いた年賀状を持って
実家に行く予定にしていたからだ。実家といっても、交通費
500円弱と1時間あまりをかければ行き来できる都内なのだが、
手を伸ばして届くほどには近くないので、そこにいる間僕は
パソコンを使えないことになる。例年だと3日の昼前に実家を
出て世田谷に戻るのだが、子都しはフランス在住の弟親子が
長めにこちらに滞在することもあり、僕は4日まで実家に
とどまって、その夜中に自宅に戻ることにしていた。
つまり、2日から4日までブログはかけず、早速3日は間があくことが決まっていたのだ。

正月の実家というものは、食べて飲む以外にとりたててやる
ことがなく、というよりできることがなく、恐ろしくヒマである。
もしも僕がショコタンみたいな(しまった、たとえが古い……)
世間一般のブロガー同様、携帯電話からブログをアップする
ことができたなら、半月先の分まで書き溜めることも夢では
なかったに違いない。

でも残念ながら、僕の携帯にはそんな器用な芸当はできない――
といっては携帯に失礼だ、むろんメールもできればネットにも
つなげられるのだが、僕がそれらの機能を使いこなすために
必要なたった一つのことができない。
僕の携帯はしゃべらないのである。、 (続く)
posted by しんどう at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 「見えない」ということ

2011年10月08日

たかがゴミ出し、されど……

たかがゴミ出し、されど……――「見えない」ということ 29

「ななめ45ド」というお笑いの3人組をご存じかどうか、僕は
彼らのコントが大好きなのだが、うちのマンションの出入口から、
ちょうど右斜め45度の方向に道を渡ったところが、
ゴミ置き場となっている。火・金が燃えるゴミ、水が燃えない
ゴミとペットボトル、土が資源ゴミだ。

いくら方向オンチの僕でも、この距離で迷ったりはしない。
ただしそれは、途中に障害物がなかった場合の話である。

ゴミ袋を持って1階に降りた僕は、屋外に踏み出す直前で
立ち止まり、耳をすます。15m左手にはバス通りがあるので、
歩行者の足音や自転車の音まで感知するのは難しい。わかるのは
せいぜい、僕が市民の義務を果たすことを未来永劫阻止
しかねない自動車が、接近しつつあるかどうかだけだ。だから、
こっそり走ってきた自転車とのニアミスによって、方向感覚を
狂わされることも時々ある。

しかし、もっとイヤなのは止まっている自動車だ。トラックが
出てすぐ右手に駐車していて、斜め45度がさえぎられている
ことはしょっちゅうで、出入口のまん前に落ち着き払っている
ことも珍しくないのである。たしかに、玄関・エントランスと
いうより、裏口・通用口といった風情だから、それをふさいで
しまうことに、大して罪悪感がないのかもしれない。

そしてこの間まで、僕はゴミ出しのときに白杖を持たなかった。
住んでいる建物の階段の昇り降りと斜め45度の往復ごときに、
白杖なんぞ必要ないという、まあ、ちょっとした意地みたいな
ものだ。したがって必然的に、出入口をふさぐ不届きな車の
存在は、自分の生身をもって確認することになった。

といっても、立ち止まった状態から1歩を踏み出すわけだから、
勢いあまって車を横転・大破させるといった大事故につながった
ことは、幸いにしてない。困るのは、障害物を迂回した結果、
道を渡る角度が変わってしまうことだ。

「そんなもの、道幅と車をよけるための水平移動距離から、
角度のタンジェントを求めればいいだけの話、簡単じゃないか」
とおっしゃるかもしれないが、恥ずかしながら僕は三角関数表を
暗記してはいないし、そもそも家の前の道の幅も、正確には
わかっていない。しかも、かりに角度が割り出せたとしても、
正しくその方向に歩ける自信は皆無である。

僕のもともとの方向オンチは、見えなくなったからといって改善
された気配はない。そればかりか、どうやら僕は距離オンチでも
あるらしい。というより、見えない人間としての自覚が足りず、
歩いている最中の雑念が多すぎて、距離感の把握に神経が回って
いないのだと思う。

いずれにせよゴミ出しについては、このところは白杖を持って
いくので、車にぶつかることもないし、到着地点に誤差が出ても、
白杖を振り回せばゴミを入れるネットのボックスにぶつかる。
でも、本気で外出することになると、たとえ歩き慣れている
近所でも、いろいろ厄介なことに見舞われるのだ。
次回以降、その話を書くことにする。
posted by しんどう at 18:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 「見えない」ということ