2013年04月02日

ヒザは語る・その1

ようやく、ヒザが完治した。
医者によれば「鵞足炎」(鵝足炎かな、読み上げの説明だとよく
わからない…苦笑)、ヒザ下の骨に、筋がガチョウの足のように
枝分かれしてくっついているあたりが炎症を起こしたらしい。

そもそもの原因は、正月にさかのぼる。実家で、フランスに帰る
弟がスーツケースの重さを計るために引っ張り出した体重系に、
うっかり数年ぶりに乗ってしまったのだ。ジャマな腹の肉に
触れて触れぬフリを続け、とりわけ昨年後半はよく食べよく
飲んだという自覚があった中でのことだから、恐いもの見たさ
だったといっていい。

しかし、読み上げてもらった数字はなんとも微妙だった。僕が
自分のベストと考えている体重を上回ること6キロあまり、
三が日の酒とモチの重さ込みなわけだから、アレ?思っていた
ほどじゃないぞ……と。

それで僕は、半年先の誕生日までにベスト体重を回復する、
という、僕にしてはやけにリーズナブルな目標を立ててしまった。
酒の量を劇的に(当社比)減らし、夜の炭水化物も控えた。
加えて、2月の終わりごろ、にわかに毎朝のウォーキングを
始めたのだった。

言うまでもないことだが、僕一人でウォーキングができるわけは
ない。白杖だけを頼りに、脂肪が燃えるほどの速度でスタスタと
歩けば棒にあたる、虎の尾を踏む、千尋の谷を転げ落ちる、命が
3つあっても足りない。
一緒に歩く、と言ってくれた人がいたのだ。

言うまでもないことだが、そんな素敵な提案をしてくれたのは
超チャーミングな女性である。この僕が、2時まで飲むより、
7時から歩くほうを選んだことに、何の不思議もない。
いま、この一文を読んだ瞬間、そんな下心があるからバチが
あたったんだ、花の下を伸ばした分、筋も伸びたんだ、と
ウマいこと言ったげなつっこみコメントを思いついたに違いない
4・5人のドヤ顔が浮かんだので、先周りしておく。
いずれにせよ、バチだの伸びるつながりだの、世の中はそんなに
神秘的にはできていないのだ。(続く)
posted by しんどう at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年03月31日

小学校の特別授業4

マズイ、一緒に時間をすごした子供たちの学年が変わって
しまう!!とブログ再開を決意し、さてどこまで書いたんだっけ、
と以前の原稿をチェックしたら、なんと1/7に書きかけたものが
見つかりました。7日といえば、翌日と3日後に続けて本番を
控え、夜にはスタジオでリハをした日。それで挫折したのだなと、
3カ月たらず前の自分自身に同情するのも情け内話ですが、
気を取り直して、その続きを書くことにします。つまり、以下の
文章のどこかの文字と文字の間に、3カ月近い時間が流れている、
というわけです。
あらすじは省きますので、お手間ですが、前の部分を読み返して
いただければ幸いです。

さて、質問コーナーが終わると、いったん休憩となりました。
そうそう、質問は急遽参加の5年生からもいただけたようですね。
嬉しいことです。

休憩中、僕は再び珍獣に戻りました。グルリと僕を取り囲んだ
子供たち、3人くらいが同時に話しかけてくるかと思えば、耳に
息を吹きかけてきたり、顔面に異様な圧力を感じたのは、僕が
本当に見えていないか確かめようと、資金距離でヘン顔をして
みている子供がいたんだとか。すっかり遊ばれました。

休憩、というより休み時間が終わり、学校的には6時間目に
入りました。いよいよ、演奏です。

須藤先生とは、直前の週末にこっそりリハーサルをして、何曲か
準備していました。でも前(って去年のことですが…苦笑)に
書いた通り、直前の音合わせはできなかったので、サバ味噌の
ひと口めほどではないものの、、緊張気味ではありました。

お正月になると耳をふさいでも聞こえてくるあのメロディ
「ツンツクツクツクツン」をアレンジした『春の海 on Blues』を
スタートに、数曲を演奏。簡単なジャズ講座もはさみ、フェイク、
アドリブという言葉を使って、楽譜どおりに演奏しない音楽も
あるということを教えたりしました。

そしてクライマックスは、フォークソングの名曲『パフ』でした。
音楽科の高橋先生のピアノが加わった僕たち3人と、生徒たちの
リコーダーとの大セッションが実現したのです。

曲の本来のメロディは子供たちに任せ、僕は別のメロディ、
いわゆるオブリガードを即興で吹きまくっていました。その音が、
子供たちにどのくらい聞こえていたかはわかりませんが、
そのときその場所で音楽を生み出すという作業に、彼らは確かに
参加してくれていた。さきほどのジャズ講座もどきと合わせて、
音楽の自由さ、新たな楽しさを感じてくれてとしたら、それは
サバ味噌をうまく食べられたことにもはるかにまさる喜びです。

『情熱大陸』にも、声で参加してもらいました……これは、
こちらの思惑ほどうまくいかなかった感じですが(苦笑)、そこは
ひかえめな日本人、しかたありません。演奏は無事終了、先生の
まとめがあって、特別授業は終わりました。

ずいぶん早めに切り上げるなと思ったら、生徒たちにはまだ
「お仕事」があったのでした。教室に戻り、わずかに残った
授業時間の中で、各自この日の感想を書いてくれたのです。

職員室に戻られた先生方が、ホヤホヤの感想を読み上げて
くださいました。紙の裏まで使ってたくさん書いてくれていたり、
早く帰りたそうな手抜きだったり、でもどれもうれしい内容
ばかりです。

「目が見えないので尺八はもっとヘタかと思ったら、意外に
うまくて驚いた」……おお、大人には絶対書けませんね(微笑)。
たぶんこれは、「もっと油っこいかと思ったら、意外にさっぱり
していておいしいです」的に、視聴者の疑問を代弁しておいて
ひっくり返す、テレビの料理試食のお約束のパターンにならって、
最大限ホメてくれたのだと思われます。

「山中教授がノーベル賞を受賞したので、真藤さんの目も、
50年後には見えるようになっていると思います」なんて、
ありがたい予言もありました。ここには、僕が103歳まで
生き長らえるという予言も含まれているものと解釈しておきます。

ほかにもご紹介したい感想はたくさんありますが、ウケ本位で
2つだけ選ばせていただきました。感想はあとですべて手元に
いただいていて、どう返そう、どうお礼をしようと悩んで約半年、
ブログも書けていなかったんですから、そちらに手が回っていた
はずがありません。生徒のみなさん、本当にごめんなさい。
卒業までにはなんとかします、お待ちください。

本当によい体験をさせていただきました。向山小学校の先生方、
生徒のみんな、、ありがとうございました。
ブログはなかなか仕上がらないかもしれませんが、お話と演奏は
ちゃんとやりますので、同じようなことをお考えの学校関係者の皆様、よろしくお願いいたします。

posted by しんどう at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2013年01月01日

小学校での特別授業3

(遠い遠い前回までのあらすじ――友人が先生をしている
小学校に、特別授業の講師としてよばれた僕は、子供たちと
教室で給食をいただいたあと、いよいよ体育館へ……)

これを書かないと、年が越せません。子供たちに、「いい加減な
大人は政治家だけじゃない、障害者もけっこういい加減なんだな」
(あ、親御さんが政治家だというお友達、ごめんね、これは
冗談だからね)などと思われてしまったら、この国の将来は
真っ暗ですから。

さて、自分の障害について、あるいは障害を持った生活について
一方的にしゃべった部分では、須藤先生のノートパソコンに僕が
使っている読み上げソフトをインストールし、目が見えなくても
パソコンを使えばこんなふうに読み書きができる、という
デモンストレーションもやってみました。いろいろ便利なものが
できている今の世の中、障害があっても一人でできることは、
思いのほか多いのだということを、わかってもらえたでしょうか。

ライブでのMC(演奏の合間のおしゃべり)の馬鹿話には自信が
なくもない僕ですが、自分のことをマジメに話すとなると
照れくさい、というのは前回も書いたとおり。そこで早々に、
子供たちからの質問コーナーに移りました。
「ユニバーサル・デザイン」なんて言葉をきちんと使って
質問してくれる生徒もいて、おお勉強してくれてるなと感心。
ただ残念ながらわが家は、パソコンの読み上げソフトを除けば、
電気ポットがお湯がわいたときに地味にバッハを奏でるくらいで、
ユニバーサル・デザインとは無縁な環境、あまり参考には
ならなかったかもしれません。

ユニークだったのは「どんな色が好きですか」という質問です。
たぶん、大人は絶対に思いつかない、というより先生方は
ドキッとしたでしょうね(笑)。でも、本人が意識していたか
どうかは別にして、視覚障害者にとって「色」がどんなものか、
これはたいへん興味深い問題です。なかなかスルドい、本人が
意識していたかどうかは別にしてですけどね。
これに対して、ワインレッドが好きだと答えたのは確かですが、
色の記憶を持つ僕のような中途失明者と、色を認識したことの
ない生まれつきの失明者とでは事情がまったく違う、といった
話を、ちゃんとしたかなあ(苦笑)。

いずれにせよ「障害」というものを意識するあまり、話題に
タブーを設けてしまうより、無神経なくらいざっくばらんに
なんでも聞いてみるほうが、互いに理解しあえてうまくいく
はずなんです。もちろん、人にもよりますが、それは障害の
あるなしより、むしろ性格の問題。ドラマなんかでは異常に
ナイーブな障害者が描かれがちですけれど、実際は僕のように、
なんでも話したい聞かれたい、という障害者のほうが多いと
思います。まあ、あくまで僕の周りの見えない人間たちを基準に
しての話ですが。でも、知ってもらったほうが障害者だって
助かるわけですしね。

そのこととも関係しますが、あらかじめもらった質問には入って
いて、実際には聞かれなかったけれどあえて答えた質問が二つ
あります。
ひとつは、「見えなくなって死にたいと思ったことは?」という
質問。「死にたいと思ったことは一度もない、だって、たとえ何が
あろうと、死ぬより生きていたほうが楽しいことがあるに
決まっているから」……これは本音だの建前だの考えるのも
ばかばかしいくらい、僕にとっては明確で当たり前な答えですが、
先生にもせいとたちにも、僕の想像以上のインパクトがあった
ようです。いろいろな問題をかかえている子供たちに、目が
見えなくなることだって、「死」を選ぶ理由にはほど遠い――
少なくともそう考えている人間が存在することを伝えられたと
したらうれしいです。

もう一つの質問は、「目が見えなくなって得したことは?」
これも面と向かっては聞きにくいでしょうね、でも聞いてくれて
いいんですよ、いやむしろ聞いてほしい。

僕は、つい最近も、とってもかわいい(と思われる)18歳の
女子大生に駅で声をかけてもらい、仲のいい友達になったことを
話しました。目が見えていたら、大金をつぎこみでもしない
かぎり(?)ありえない出会い、うらやましいでしょ、と。
女子大生はさすがにスペシャルですが、見えないからこその
出会い、人間関係の広がりは、本当に得していると思っています。
もちろん、声をかけてくれた女子大生がどれくらいかわいいのか、
確かめられないのが実は悔しくてならないなんてことは、
ここには書きません。

ああ、恐れていたとおり、すでに年が明けていますね(苦笑)。
長くもなったし、ここで切って、ひと眠りしてから新年第一弾と
してアップすることにしましょう、
それでもなんとか、政治家(親御さん除く)以外の大人への
不信が少しでもぬぐえることを祈りつつ……。
posted by しんどう at 07:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記