2013年04月23日

とんでもございません・その2

学者先生たちが「とんでもございません」は間違いだと主張する
理由はこうだ。

「とんでもない」を「とんでも」と「ない」に分けたとすると、
「とんでも」の部分の成り立ちを文法的に説明することができない。
したがって「とんでもない」は、これ以上分解できない、1語の
形容詞と考えるべきである。そうなると、「ない」は言葉の一部と
いうことになるから、前回例に挙げた「あどけない」などと同じく、
この部分だけを「ありません」「ございません」に置き換えることは
できない……と。

たしかに、とんでもないのとんでもは飛んでもでも豚でもでもない。
庭には二羽ニワトリがいるかどうかはさておき、「とんでもない」が
分解できない1語であるという主張は、まことにもっともだ。

しかし一方「とんでもない」は、これも前回形容詞の「ない」の
例として挙げた「言うまでもない」と、後半は同じ形をしている。
だから、「とんでも」の「も」を、「言うまでも」の「も」と同じ
助詞であると感じ、それに続く「ない」を独立した形容詞として
扱ってしまう言語感覚もまた、たいへん自然である。

いや、自然というだけではない。
「とんでもない」の語源は「とでもない」、もしくは
「とてもない」で、それが音韻変化したのだといわれる。これらの
言葉がなぜ「とんでもない」の意味になるのかの分析は、8年後
あたりのこのブログに譲るとして、ポイントは、いずれの場合も
「も」は本来助詞であり、それに続く「ない」は当然形容詞で
あったという点だ。つまり、もともとにさかのぼれば、私たちの
感覚こそがもっともだということになる。

「とんでもない」は1語であるという学者たちの理屈ももっとも、
「ない」の部分を分けられると考える私たち素人の感覚ももっとも。
現在もっともともともともっとものぶつかりあい……。
スモモも桃も桃のうちかどうかはさておき、どちらに軍配を
上げるのが望ましいかについては次回以降に。
posted by しんどう at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | チョイ気になる言葉
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/65374783

この記事へのトラックバック