2011年07月22日

着信御礼!ケータイ大喜利・その2

『着信御礼!ケータイ大喜利』 その2――見えない目で見るテレビ時評

(前回に引き続き、文中の『ケータイ』はNHK『着信御礼!
ケータイ大喜利』、『IPPON』はフジ『IPPON グランプリ』)

 僕が『ケータイ』のファンである理由の第一は、同番組が提供
する笑いのほとんどが、僕の好きなタイプの笑いだということだ。

どうも僕は、ベタな笑いが苦手である。お笑い好きを辞任して
いながら、基本中の基本ともいうべき「吉本新喜劇」にはまるで
笑えない。

考えオチとか、ちょっと想像力を要求されるヒネった設定や
シュールなボケ。つまり、こちらが能動的にかかわることで
引き出されるような笑いが好きなのだ。ベタな笑いと違い、
こういう笑いは自分の中で2倍、3倍に増幅できる。

また、言葉遊びも大好きだ。それは、「言葉遊びのドンキホーテ」
とも呼ばれる(ことに20年後はなるかもしれない)、この僕の
ブログを読んでくださっている皆さんには、もうバレバレだろう。

そして、短いひと言による『ケータイ』の笑いは、「ひねり」と
「言葉遊び」、この二つの要素に満ち満ちている。板尾、今田、
ジュニアのレギュラー陣が、一つの答えにどんどんツッコンデ
広げていけるのも、そのためである。

理由のもう一つは、『ケータイ』の笑いは、目が見えないことが
ほとんどハンデにならないということだ。

言うまでもなく、笑いにはビジュアルの要素も大きい。コントや
漫才を聞いていて、芸人が何も言っていないのに観客の笑い声が
起こると、画面の中で何が行なわれたのかわからないことが、
やっぱり悔しい。そればかりか、僕はザブングルの加藤の顔で、
キングオブコメディの今野の顔で、フットボールアワーの岩尾の
顔で、笑ったことがないのだ。これは僕にとって、ひつまぶしを
食べたことがないのと同等のコンプレックスとなっている。しかも、
ひつまぶしはいつか食べることを心に誓っているけれど、彼らの
顔を見ることが未来永劫ありえないことは、残念ながら事実だ。

さて、大喜利でも、たとえば『IPPON』では必ず、「写真で
ひと言」的お題が出される。普通の言葉によるお題より、映像は
ボケの可能性が断然広がるから、テレビ的にオイシイお題である
ことは間違いない。

しかし言うまでもなく、僕には笑うのは難しい。答えのほうを
いくつか聞いて、どんな写真かを推測することが、見えないから
こその楽しみといえば楽しみだが、推理ドラマの解決編を見て
どんな事件だったのかを考えるようなものだから、苦労のわりに
感動も喜びもあまりない。

そして『ケータイ』には、この映像系のお題がほとんどないのだ。
僕の知るかぎり、「この(写真の)男に関するウワサとは?」と
いうお題が一度出されただけだ。あまり評判がよくなかったのか、
携帯電話から投稿するというシステムゆえに出しにくいのか、
理由はわからないのだが。

いずれにせよ、おかげさまで僕は、同番組から得られるはずの
笑いを、ほぼ丸々味わうことができる。不満といえば、答えを
合唱団が歌うパターンのときに、たまに聞き取りにくい場合が
あることと、出演者みんなのアイドル「ナナミちゃん(NHK・
BSのキャラクター)」がどのくらいカワイイのかがわからない
ことくらいだ。

「レジェンド・オブ・レジェンド」、プロとアマ、肝心なところは
次回に。もったいをつけているわけではない。力がないので、
なかなか書き切れないのである。
posted by しんどう at 13:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 見えない目で見るTV時評
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